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2020年6月22日 (月)

戦艦長門の考証 その5艦尾

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調べている時間のほうが長くて製作は遅々として進まんのが考証派。素組みでちゃんと完成させられるモデラーになりましたけど長門は別か。今日は艦尾の考察をば。その1艦橋、その2後部艦橋と来て、この記事のタイトルはその5ですけどそれは理由があるのですじゃ。

3煙突と探照燈台、4艦首、5艦尾、6航空作業甲板、7兵装、8その他・・・と予定してまして(先は長いな)、艦首を削っていたら艦尾の考察にはまってしまったというわけ。ちょっと面白い成果が出たので学会で発表せにゃならぬ川口探検隊なのです。

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まずは艦尾増設機銃座の盾。所々隙間が設けてあるのは何故?という話。レイテ戦時や最終時で作る予定は無いのですが面白いかもと思い始めています。まだ故障舵復旧装置と断ずる事は出来ませんが可能性はありそうな。

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次は艦尾の繋留装置や甲板上の小物。キット改修ポイントを割り出すためにこういう事をやっております。公式図の出現で楽になりました。天窓や通風筒は写真で存在が確認出来たとしても、その位置を割り出すのは真上からの鮮明な写真でも無い限り至難です。

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この機銃座付近を甲板上から撮影した写真が近年現れました(勝手に拝借して申し訳ないです)。そのおかげでかなり実態に迫れるようになったのではないかと。私なりにざっくりと考えてみました。まだ盾の形など細部において精査が必要です。

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そして結論。このように従来考証ではそもそもフェアリーダーや錨の位置が実艦とは異なっているので、終戦時の写真から盾の形状を読み取り正しく製作しても、かなり狭苦しい機銃座が出来てしまうわけです。こんなところに罠が潜んでいたのです。

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フジミも盾とフェアリーダーの関係は悪くは無かったのです。

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そのかわり天窓などは概ね良い感じで、埋められず生き残った取付け穴は艦首より多い。つまりこれらは陸奥と同じと言う事でありますね。従来考証は陸奥図をベースとしておりますから。

こういう事が検証出来るようになったのも公式図が出現したおかげですが、フェアリーダーと中錨小錨の位置が何かおかしいと言う事を公式図出現の前から見抜いていた方がおられた事をここに書き添えておきましょう。その眼力には敬意を表したい。


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おまけコーナー。陸奥も調べ始めています。長門大改装前も。やはり必要になって来ますね、古い構造がそのまま大改装後も残っていたりするようですから。そこで両艦識別の為の資料を作ってみましたらこれが実に面白い。図面での比較も大事ですが感覚的視覚的に何かピーンと来るものがあるような。後部艦橋のシルエットなども示唆に富んでおりますよ。

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V字型のダビットが両艦で異なる事に気が付きました。高さと言いますか角度と言うか、陸奥のほうが低いです。長門は格納位置にあるようです。良く見るとカッターが判ります。まだ調べていないので良く解らんのですが、このダビットは俯仰はしないはずです。ここを作る時には構造を明らかにしようと思っています。

そしてまた、このダビットの違いを見抜いていた方もおられるのですよ。公式図の無い時代に取り組んでおられた先達には脱帽です。惜しむらくはそうした成果が今ひとつ広まらず、キットや資料本に反映されておらん事です。やっぱり模型誌に立ち上がってもらわんとイカンですなぁ。まだ長門新考証特集を見た事がない。

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